◇No.1186
田んぼの中の一本道を、郵便バイクが走り抜ける。
福島県郡山市、2013年の夏。
その真っ赤な荷台には、弁当箱のようなプラスチックケースがベルトでくくりつけてあった。
「セーフキャスト」の線量計「b(弁当)ガイギー」だ。
7月24日から約1カ月半、郡山、郡山西、郡山南の3郵便局、計5台のバイクに取り付けられ、延べ122の配達コースを回った。
「お、あるある」
「セーフキャスト」の測定ボランティア第1号となっていた渡邉利一(63)は8月初め、運転中の車列の間にその郵便バイクを見つけ、思わず携帯電話で写真に収めた。
計測開始から2年以上たつ。
「bガイギー」による計測地点は6月には1千万カ所を超えていた。
ただ、自動車を使った測定には、限界もあった。
自動車では入れない、細い道路の線量測定だ。それは、より生活に身近なデータでもある。
「バイクならできる」
「bガイギー」を開発したボランティアのピーテル・フランケン(47)たちは、そう考えた。
郵便バイクは、裏路地も含めたきめ細かい配達コースを持っている。
測定は、地元自治体である郡山市が日本郵便に依頼し、セーフキャストが協力する形で行われた。
「裏通りなどの、より身近な線量率が把握できるなら、ということで測定をお願いしました」
市原子力災害総合対策課長の本田文男(ほんだふみお)(53)は言う。
地元で広告会社を経営する渡邉は、市長の品川万里(しながわまさと)(70)との調整役を務めた。
集配作業の間中、「bガイギー」は5秒おきに放射線量と位置情報、時間を自動で記録していく。
1台で1日5千地点前後、期間中に合わせて市内50万を超す地点のデータが集まった。
郵便バイクによる測量は、12年に南相馬市の原町郵便局と田村市を担当する三春郵便局、13年3月から4月にかけて再び原町郵便局で、延べ76の配達コースでも実施していた。
「細かい所まで測れる。郵便局のデータはものすごく価値がある」
渡邉はそう思う。
面としての拡大。「セーフキャスト」の取り組みは、それだけにとどまらなかった。
(平和博)
◇No.1187
2013年11月。
放射線測定ボランティアの「セーフキャスト」は、1300万地点を超すデータをネットで公開していた。
測定の中心は、自動車に載せる線量計「b(弁当)ガイギー」だ。
だがボランティアのピーテル・フランケン(47)たちはこの時、別の仕組み作りも始めていた。
福島第一原発の周辺地域に、自前の固定型線量計「n(ネットワーク)ガイギー」を設置する計画だ。
5分おきに線量データを送信し、リアルタイムでネットに公開する。
頻繁には立ち入れない避難区域でも、常に最新のデータが見られる。
原発で異変があれば、ネットを通じて、それを世界中で把握できる。
南相馬市を手始めに、いわき市、富岡町などにも設置した。
日本だけではない。
米マサチューセッツ州で、20年以上前からシーブルック原発の線量測定を続ける住民グループ「C―10」など、海外にも設置が始まっている。
その一方で、「セーフキャスト」から渡された線量計で、身の回りの放射線データを一つひとつメモに記録し続ける人もいる。
鯨岡クミ(67)は原発事故後、自宅のある広野町から、長く看護師をしていた、いわき市に避難している。
鯨岡と「セーフキャスト」の出会いは、震災があった11年の9月。
鯨岡は津波の被害を確かめようと広野町の海辺に車で向かった。撮影用カメラを構えた一群がいた。
報道機関なら現状を訴えたい。
だが、全員が外国人だった。
「うわ、英語がしゃべれない」
「日本語で大丈夫ですよ」
米国の撮影チームと一緒にいたのが線量測定中のフランケン。日本語で話しかけてきた。
「困ってることはないですか」
「線量計が欲しい。放射線量が全然わからないんです」
そうこたえると、間もなく、携帯用の線量計が送られてきた。
以来、鯨岡は線量計を持ち歩く。水に弱いと注意を受けたのでラップで巻いている。
「放射能でびくびくするより、線量を測って正しく怖がろう」
玄関、庭、物置、犬小屋。パソコンが苦手で、測った線量データはメモ用紙に書き付けてとっておく。
そのメモの束が、鯨岡にとっての活動記録だ。
そんな測定の広がりは、「セーフキャスト」を、また別の舞台にも引き出すことになる。
(平和博)
◇No.1188
「今月までに1500万地点以上の測定ができています」
2014年2月18日午後。
アズビー・ブラウン(58)は国際原子力機関(IAEA)があるウィーン国際センターの会議棟にいた。
IAEAの専門家会議「福島第一事故後の放射線防護」が、前日から5日間の日程で開かれていた。
放射線測定の民間ボランティア「セーフキャスト」が、「核の番人」の専門家会議に招かれたのだ。
ブラウンが「セーフキャスト」に参加したのは11年10月。放射線に関する文献などの情報収集を担う。
金沢工業大学で未来デザイン研究所所長を務め、建築家、アーティストとして活動する。
IAEAの会議には、同じくボランティアのジョー・モロス(55)と2人で臨んだ。
会場には各国の専門家が顔をそろえた。
日本の原子力規制委員会や日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所の関係者もいる。
ブラウンは、15分の持ち時間で、この3年間の取り組みを講演した。
「市民科学の台頭が、後戻りすることはありません」
2部構成、3時間。計9人が登壇したが、質疑応答では、手を挙げた10人のうち8人の質問が「セーフキャスト」に集中した。
「データの精度管理は」
「測定方法の指導は」
技術的、実践的な質問にはモロスが答えた。
モロスは父親が勤めていた米カリフォルニア州の線量計メーカーに8歳になる頃から出入りし、後に社員として線量計の組み立てなどを手がけた、たたき上げの専門家だ。
弁当箱大の線量計「bガイギー」を使った車による測定でも、モロスの走行距離はざっと8万キロ、地球2周分に及ぶ。
「公的承認のない機器で測定した線量データ公開に問題はないのか」
そんな質問が飛んだ時だった。
「自国で同様の事故が起きた時、彼らみたいな人々がいたら幸運だ。むしろ今から探すべきじゃないか」
ノルウェーの参加者が声を上げた。会場に喝采が起きた。
6月になって公開された会議報告には、ボランティアによる「放射線データの測定、普及」を評価する一文が盛り込まれていた。
福島から始まった「セーフキャスト」の活動。それは、すでに世界各地に広がっていた。(平和博)
◇No.1189
伊藤穣一(48)はカナダのバンクーバーにいた。
2014年3月21日。IT起業家らが集うトークイベント「TED」が開かれていた。
ビル・ゲイツや歌手のスティングが居並ぶ中、最終日に登壇したのがマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ所長の伊藤だ。
放射線測定ボランティア「セーフキャスト」の活動を振り返り、「地図よりコンパスを」と語った。
原発事故が発生。放射能汚染の実態が分からない。線量計が欲しい。だが売り切れ。それなら作ろう……。
伊藤はあらかじめ描く計画を「地図」と呼び、状況に応じた瞬時の判断を「コンパス」と呼ぶ。
「私たちは、強力なコンパスを持つことで、ここまでたどり着いた」
測定地点は今、2500万を超え、世界60以上の国と地域に広がる。
ボランティアのメーリングリストには約700人が登録する。
13年3月には文庫本サイズの小型版「bガイギーナノ」が出た。ネットで買って自分で組み立てる。
弁当箱大の線量計「bガイギー」は1台1千ドル(約11万円)かかるが、「ナノ」は半額以下の450ドルだ。
米線量計メーカー「インターナショナル・メッドコム」が製造し、約470台を出荷。国内のほか、米ワシントン、仏ストラスブール、台北でも組み立て講習会が開かれた。
イラクのバグダッドでは、「ナノ」で、劣化ウラン弾による放射能被害の調査も進められている。
メディア活動を支援する米ナイト財団からは、11年9月に25万ドル(当時、約1900万円)、12年12月には約40万ドル(同、約3300万円)の助成金も受けた。
中心メンバーのピーテル・フランケン(47)は、11年12月からマネックス証券最高技術責任者(CTO)の職にある。
だが引き続き、週2日程度は終業後、東京・渋谷の「セーフキャスト」の事務所に詰め、日に日に増えるボランティアたちの調整に当たる。
「チェルノブイリの時にはできなかった細かい線量データの記録が、ネットと市民の力で可能になった。データをオープンにすれば、よりよい判断ができる。セーフキャストはライフワークです」 (平和博)
(セーフキャストのアドレスhttp://safecast.org/ja/)